人物総覧 さ 庄内藩 亀ヶ崎城代

名前 酒井奥之助
よみ さかいおくのすけ
生年 享和二年十月二十五日(一八〇二)
没年 慶応元年三月二十八日(一八六五)
場所 山形県鶴岡市
分類 庄内藩家老
略歴

 直方・大卿・鳳陽。家老。庄内藩亀ヶ崎城代酒井弾正(直寛)の長子として生れ、文政13(1830)2月、1200石の家督を継ぐ。天保13年(1842)酒井右京、松平舎人らと、新藩主忠発を廃して忠明(旗本)を立て藩政を改革しようと企てるが失敗し、弘化2年(1845)1月に再度忠中(忠発の弟)の担ぎ出しを謀る。家老を経て翌3年亀ヶ崎城代、同4年(1847)家老に復し、嘉永2年(1849)忠発が将軍の名代で上洛したときこれに従い、天皇に謁する。同4年(1851)家老辞任、安政6年(1859)再び亀ヶ崎城代となったが、翌7年1月隠居謹慎を命ぜられる。その後も密かに右京、舎人および大山庄太夫、上野直記らと公武合体を基調とする藩政改革運動に挺身したが病のために没した。享年64。(庄内人名事典より)
 墓碑銘は「大卿酒井君之墓」

酒井奥之助墓所

酒井奥之助の墓
  
ゆかりの人物リンク
名前 関係 補足 墓所 写真
池田駒城 改革派 江戸時代後期の庄内藩士、改革派 山形県鶴岡市
上野直記 改革派 幕末の庄内藩士、漢学者 山形県鶴岡市
大瀬準次郎 改革派 江戸時代中期の庄内藩儒 山形県鶴岡市 寺の場所不明
大山庄太夫 改革派 江戸時代後期の庄内藩士、天保の転封騒動に功、文久の藩政改革を画策、反対派により捕らえられ自刃 山形県鶴岡市
日下部宗伯 改革派 幕末の鶴岡の町医者 山形県鶴岡市
酒井右京 改革派 江戸時代後期の庄内藩家老、幕末庄内藩改革派の首領、、丁卯の大獄で切腹 山形県鶴岡市
酒井忠明 擁立 幕末の幕府旗本の子、庄内藩改革派に担ぎ出される。 情報求む
酒井忠発 主君 江戸時代後期の大名、出羽庄内藩十四万石酒井家9代 山形県鶴岡市
酒井忠中 擁立 江戸時代後期の庄内藩世子 山形県鶴岡市
永原寛兵衛 改革派 江戸時代後期の庄内藩右筆、丁卯の大獄に連座 山形県鶴岡市
服部毅之助 改革派 江戸時代後期の庄内藩儒家、公武合体を主張 山形県鶴岡市
広瀬厳雄 改革派 江戸時代後期の国学者、丁卯の大獄に連座 山形県鶴岡市
深瀬清三郎 改革派 江戸時代後期の志士、改革派、丁卯の大獄に連座、断罪される 山形県鶴岡市
松平舎人 改革派 江戸時代後期の庄内藩家老、、丁卯の大獄で自刃 山形県鶴岡市

  
ゆかりの地リンク
場所 住所 説明 写真
亀ヶ崎城跡 酒田市
 亀ヶ崎1
  酒田東高校
  
弘化3年2月から弘化4年8月まで在任