| 名前 |
牧朴斎 |
| よみ |
まきぼくさい |
| 生年 |
天明二年(一七八二) |
| 没年 |
安政四年(一八五七)三月十二日 |
| 場所 |
愛知県名古屋市千種区 |
| 分類 |
陶工 |
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| 略歴 |
尾張名古屋の篠島(笹島)焼の創始者。通称は文吉(文七とも)。幼年期から技工を好み、文化年間に楽焼をはじめ、張月樵に画を学び、楽焼きに似た酒器などを多くつくった。藩主の御庭焼きにくわわったという。七十七歳。釈朴斎信士。
墓碑銘は「朴斎」。自然石。
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寺院無縁墓 |

牧墨僊の墓 |
| ゆかりの人物リンク |
| 名前 |
関係 |
補足 |
墓所 |
写真 |
| 張月樵 |
師 |
江戸時代後期の絵師 |
名古屋市千種区 |
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| ゆかりの地リンク |
| 場所 |
住所 |
説明 |
写真 |
| 笹島焼窯跡 |
愛知県名古屋市中村区
名駅 名古屋駅構内
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笹島は現在の名古屋駅付近にあたる。この地で牧朴斎が焼いた焼き物を笹島焼という。子孫が継続していたが廃絶している。 |
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