名前 |
林市郎右衛門 |
よみ |
はやしいちろうえもん |
生年 |
文禄元年(一五九二) |
没年 |
寛文九年七月二十六日(一六六九) |
場所 |
愛知県名古屋市千種区 |
分類 |
尾張藩士・剣術家 |
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略歴 |
円明流。名は資竜。不染と号す。同藩士・林四郎兵衛資輝の一子。家禄二百石。寺尾土佐守の同心。十三歳で小姓となる。登城の途中、意趣を含んだ男が馬上の市郎右衛門の袖を槍で突いた。彼は男の槍をつかんで手元に引き寄せると、これを一刀のもとに斬ってしまったという。はじめ神道流を学んで相当な技量となっていたので、その頃名古屋に来ていた宮本武蔵を訪ねて試合を申し入れた。が、武蔵に手酷く打ち据えられたため、門外に出てから倒れてしまった。しかし武蔵は彼の資質をみとめたらしく、門弟に命じて介抱させて入門を許した。武蔵に三年従学し、その後は高弟の竹村与右衛門頼角に師事して寛永十六年(一六三九)印可を受けた。寛文九年七月二十六日没、七十八歳。法号は剣翁紹智居士。道統は八田九郎右衛門知義が経いだ。(剣術家人名辞典)
墓碑銘は「剣翁紹智居士」
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林市郎右衛門の墓 |
ゆかりの人物リンク |
名前 |
関係 |
補足 |
墓所 |
写真 |
宮本武蔵 |
開祖・師 |
江戸時代前期の剣術家、「五輪書」 |
熊本県熊本市(3カ所)
北九州市小倉北区
岡山県英田郡大原町
名古屋市昭和区
千葉県市川市 |
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八田九郎右衛門 |
弟子 |
江戸時代初期の尾張藩士・剣術家(円明流) |
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