人物総覧 た 尾張藩

名前 大道寺雨田
よみ だいどうじうでん
生年 生年不詳
没年 明治十九年十月二十六日(一八八六)
場所 愛知県名古屋市千種区
分類 尾張藩士
略歴

 名は直良、初名は孫九郎、後に主水と称し、晩年雨田を以て名となす。華陽洞と号す。尾藩の士間宮六郎の弟にして、出でて大道寺氏を嗣ぐ。食禄三千五百石、藩の用人たり。平生学を好み、書画を能くし、画法を前田暢堂・日根野対山等に問ふ。又篆刻を能くし、音律を好み、平曲に巧なり。其他刀劇・古銭を愛して鑑識太だ高し。戊辰の歳、其平生親しき所の者、敵党の為に斬首せられ、雨田も亦蟄居を命ぜらる。是より世と交を絶ち、日置の別邸に閑居し、唯其親しき所の学者・詩人を招き、文墨を以て娯となす。明治十九年十月二十六日没す。天倪雨田と諡す。(名古屋市史)
 墓碑銘は「雨田先生之墓」。碑文あり。

大道寺雨田墓所 

大道寺雨田の墓

大道寺雨田の墓(接近) 
  
ゆかりの人物リンク
名前 関係 補足 墓所 写真
羽塚秋楽 幕末〜明治初期の僧侶、雅楽家 名古屋市千種区
日根野対山 江戸時代後期の画家 京都市左京区
前田暢堂 江戸後期〜明治時代の画家 京都市中京区
間宮正万 幕末の尾張藩士、青松葉事件の仕掛人
維新後尾張徳川家の顧問
名古屋市昭和区
森村大朴 弟子 幕末の尾張藩士、維新後教師 名古屋市千種区 見あたらず
山澄龍騰 交友 江戸時代後期の尾張藩家老 名古屋市千種区


ゆかりの地リンク
場所 住所 説明 写真
大道寺邸跡 愛知県名古屋市中区
 三の丸3丁目 愛知県図書館
 愛知県図書館が大道寺家の屋敷跡。雨田の他一族の中から江戸時代後期の農民運動指導者として知られる大原幽学がでており、同地が生誕地である(教育委員会が建てた看板あり)。
金比羅神社 愛知県名古屋市西区
 那古野1丁目
 名古屋城築城当寺から三ノ丸の大道寺家に祭られていた。安政六年、現在の位置に移された。