名前 |
千村夢沢 |
よみ |
ちむらぼうたく |
生年 |
元禄七年正月十五日(一六九四) |
没年 |
安永二年二月十二日(一七七三) |
場所 |
愛知県名古屋市千種区 |
分類 |
尾張藩士・儒者 |
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略歴 |
名は良重、字は鼎臣、夢沢は其号なり。通称は助平、致仕の後潜夫と称す。父は彌兵衛武明、母は田口氏、元禄七年正月十五日生る。幼にして井出重治に養はれ、因りて其姓を胃す。正徳三年養父の禄の内百石を給ひて馬廻となり、享保十二年伏見屋敷奉行となる。十五年京都買物奉行に転じ、十七年職を辞して又馬廻となり、元文四年に至りて致仕す。後本氏に復して千村と称す。夢沢、人と為り湿潤和平、好みて人の善を揚ぐ、曾て小出斎に学び、文学を以て名を著す、共著に蓬左詩帰、伏陽客中稿あり、又一時の詩文を集め煕朝女苑七巻を編し、本府名士の詩の刊を経るもの少くして後世或は泯滅せんことを慮町、防丘詩選、昆玉集の二編を選す。安永二年二月十二日没す、享年八十。丈山潜夫居士。(名古屋市史)
墓碑銘は「丈山潜夫居士」。碑文あり。
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千村家墓所 |
千村夢沢の墓 |
千村夢沢の墓(接近) |
ゆかりの人物リンク |
名前 |
関係 |
補足 |
墓所 |
写真 |
千村鵞湖 |
長男 |
江戸時代中期の尾張藩士、儒者 |
名古屋市千種区 |
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千村政時 |
子孫 |
江戸時代後期の尾張藩士、狂歌師 |
名古屋市千種区 |
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小出斎 |
師 |
江戸時代前期〜中期の儒学者 |
名古屋市千種区 |
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