| 名前 |
青木 子 |
| よみ |
あおきじょうこ |
| 生年 |
明治一七年一〇月二二日(一八八四) |
| 没年 |
昭和四十六年一月二〇日(一九七一) |
| 場所 |
東京都台東区 |
| 分類 |
歌人 |
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| 略歴 |
大正・昭和期の歌人。本名志やう。愛知県名古屋区下長者町(名古屋市中区)に生れる。父与助(錠太郎)・母幸(青木琴水)の娘。明治三〇年(一八九七)国風社に入り冷泉流披講を修得、同三四年歌人を志し大口鯛二に師事した。四二年短歌革新を企て「めざまし会」を創立。四五年ごろ青鞜社入社。香道にも興味を抱き志野流家元蜂答宗致に学ぶ。大正七年(一九一八)宮中歌会始に預選となる。同九年から「このはな会」(作歌指導)主宰。一二年中部短歌会同人。昭和二二年(一九四七)「明鏡短歌会」を創立、『明鏡』(月刊歌誌)を発行。その後、短詩形連盟委員、熱田神宮献詠祭選者、中日歌人会副委員長をつとめ、愛知県教育文化賞、CBC文化賞を受賞、勲五等に叙された。また都心芳舎と名づけた自宅を名古屋市に寄付し、名古屋短歌会館を建設する。著書に歌集『木霊』『このはな集』『青木 子遺歌集』などがある。香道、書道、礼法なども教授した。
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青木家墓所 |

青木 子の碑 |
| ゆかりの人物リンク |
| 名前 |
関係 |
補足 |
墓所 |
写真 |
| 青木琴水 |
母 |
明治時代の漢詩人 |
名古屋市千種区 |
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| 大口鯛二 |
師 |
明治〜大正時代の歌人 |
愛知県西春日井郡西枇杷島町 |
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| 蜂谷宗致 |
師 |
明治〜大正時代の香道家 |
名古屋市千種区 |
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ゆかりの地リンク
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