人物総覧 ま
 庄内藩

名前 松平甚三郎
よみ まつだいらじんざぶろう
生年 天明四年(一七八四)
没年 慶応元年六月二十六日(一八六五)
場所 山形県鶴岡市
分類 庄内藩家老
略歴

 三郎・久重・靭負・学卿。。家老。松平安之進(久寛)の嫡子。寛政3年(1791)1月8日。父病死につき翌2月11代目の家督を相続して庄内藩より家禄2000石を給される。文化6年(1809)8月家老席見習、翌7年6月家老に任ぜられ天保14年(1843)3月禄2200石となる。同年8月隠居するまで三十余年間家老に在職して功多く隠居のとき隠居料として200石を給されたが辞して30人扶持をうける。藩主の信任が厚く、嘉永元年(1848)10月世情騒然の折、召出されて評議参与50人扶持となる。同3年(1850)80人扶持、安政3年(1856)勤め方を免ぜられ、さらに年々30両宛与えられた。没年齢82。鶴岡大督寺に葬られた。長子藤兵衛(久大)跡を継いで甚三郎となる。(庄内人名事典より)
 墓碑銘は「故荘内大夫学卿松平君墓」

松平甚三郎墓所

松平甚三郎久重の墓
  
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名前 関係 補足 墓所 写真
松平甚三郎久大 長男 江戸時代後期の庄内藩家老、久大 山形県鶴岡市

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