人物総覧 な 庄内藩

名前 中世古甚四郎
よみ なかぜこじんしろう
生年 文化五年(一八〇八)
没年 明治四年(一八七一)
場所 山形県鶴岡市
分類 庄内藩士
略歴

 惟一・純蔵・治郎太夫・長四郎・子新。藩校致道館に学び、天保9年(1838)家督を相続して120石。天保15年10月致道館助教、弘化2年(1845)8月典学を兼務する。安政3年(1856)鶴岡町奉行、万延2年(1861)1月郡奉行、文久2年(1862)7月郡代。致道館の学監と司業を兼務し、役料100石、家禄300石となる。明治3年(1870)3月隠居。著書に「閑居賦並詩」がある。(庄内人名辞典より)
 墓碑銘は「故司農兼司業中世古君墓」。

中世古甚四郎墓所

中世古甚四郎の墓
  
ゆかりの人物リンク
名前 関係 補足 墓所 写真
中世古仲蔵 養子 幕末の庄内藩士、薩摩藩邸焼き討ちで討死 山形県鶴岡市


ゆかりの地リンク
場所 住所 説明 写真
致道館 山形県鶴岡市
 馬場町11-45
文化2年(1805)庄内藩酒井家9代藩主酒井忠徳が創設。
東北で現存する唯一の藩校で国指定史跡。学問資料などが多く展示されている。