名前 |
田辺亀次郎 |
よみ |
たなべかめじろう |
生年 |
安永九年(一七八〇) |
没年 |
天保十三年十二月十五日(一八四二) |
場所 |
山形県鶴岡市 |
分類 |
庄内藩士・弓術家 |
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略歴 |
庄内藩士田辺十郎右衛門の次男。寛政12年(1800)【三百藩家臣人名辞典では寛政13年】家督を継いで80石。享和元年(1801)古河藩弓術師範真鍋彦五郎に弓術を学び、文化13年(1816)4月15日江戸深川三十三間堂において大矢数を射、9646のうち通矢3608を、通矢率3割7分5厘に達し、深川堂の惣一と称された。翌日褒賞として30石を加増され、御供頭次席御行列席となった。加茂港で鴎を射落とした話など多くの逸話が残っている。文化13年三の丸に移転した致道館の矢場射初式や若殿誕生の時の引き目役など勤めた。生涯弓術で奉公し多くの門人を養成した。天保11年(1840)160石となった。(三百藩家臣人名辞典・庄内人名辞典より)
墓碑銘は「田辺亀次郎重次墓」
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田辺亀次郎墓所 |

田辺亀次郎の墓 |
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名前 |
関係 |
補足 |
墓所 |
写真 |
真鍋彦五郎 |
師(弓) |
江戸時代後期の越前大野藩士、弓術家(竹林派) |
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