名前 |
伊豆原麻谷 |
よみ |
いずはらまこく |
生年 |
安永七年(一七七八) |
没年 |
万延一年六月七日(一八六〇) |
場所 |
名古屋市千種区 |
分類 |
画家 |
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略歴 |
名は迂、字は大迂、通称は橘造、初め松谷、後に麻谷と号す。三河国西加茂郡筋生村の大工某の三子なり。十歳の時本府の禅寺町某院に入りて雛僧となる。常に画を好み、終に還俗して画を学ぶ。夙く長崎に遊び。清人方西園及び費晴湖に就きて支那画を修む。年三十にして京に入り、画名あり。松谷と改号す。歳寒三友の一人たり。五十歳にして名古屋に帰り、花屋町に住し、麻谷に復号し、画を業とす。其描く所気韻を尚び、雅致済閑、超然として画家の蹊径を脱去す。故を以て其作多くは俗眼を欣ぼすに足らざりき。萬延元年六月六日卒す。年八十三。俊山麻谷と諡す。
墓碑銘は「俊山麻谷居士」。碑文あり。
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伊豆原麻谷墓所 |
ゆかりの人物リンク |
名前 |
関係 |
補足 |
墓所 |
写真 |
中林竹洞 |
歳寒三友 |
江戸時代後期の南画家、歳寒三友の一人 |
京都市左京区 |
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林稼亭 |
弟子 |
幕末〜明治期の画家、旅行絵巻を製作 |
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方西園 |
師 |
清朝(乾隆帝時代)の文人画家 |
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山本梅逸 |
歳寒三友 |
江戸時代後期の南画家、歳寒三友の一人 |
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京都市上京区 |
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