名前 |
杉山宜満 |
よみ |
すぎやまよしみつ |
生年 |
寛政六年(一七九四) |
没年 |
明治六年七月九日(一八七三) |
場所 |
山形県鶴岡市 |
分類 |
庄内藩家老 |
|
略歴 |
弓之助・願主・中務。庄内藩組頭杉山宜為の長子,文化2年(1805)8月12歳のとき父の跡を継いで900石番頭を命ぜられる。同11年(1814)組頭,文政10年(1827)中老に進む。天保7年(1836)閏3月勤務に手落ちがあって免職となったが5月中老に復し,翌8年家老に任ぜられて1000石を給される。同12年(1841)10月亀ヶ崎城代,同14年(1843)10月再び家老,嘉永2年(1849)8月から同5年(1852)5月まで江戸で酒井氏旧記取調掛。同年7月みたび家老となって家禄1200石,文久2年(1862)5月隠居し子の宜元が相続し、宜満は隠居扶持200石を与えられたが,これを辞して30人扶持となる。80で没。
|

杉山宜満墓所 |

杉山宜満の墓 |
ゆかりの人物リンク |
名前 |
関係 |
補足 |
墓所 |
写真 |
杉山宜袁 |
祖父 |
江戸時代中期〜後期の庄内藩家老、史家 |
山形県鶴岡市 |
 |
土方翁右衛門 |
交渉 |
江戸時代後期の庄内松山藩の家老 |
山形県飽海郡松山町 |
 |
|
ゆかりの地リンク |
場所 |
住所 |
説明 |
写真 |
亀ヶ崎城跡 |
酒田市
亀ヶ崎1
酒田東高校
|
|
 |
|