力道山りきどうざん
生没年 1924〜昭和38年(1963) 分類 力士・プロレスラー

略歴
 本名・金信洛。戸籍名は百田光浩。長崎県大村市で農民の養子。朝鮮成鏡南道で生まれた。13歳のとき、蔭平虎松に拾われて二所ノ関部屋に入門。昭和15年初土俵、昭和21年に入幕、昭和24年関脇昇進と順調に出世したが、昭和25年自らの意志で力士廃業。背後に差別問題があると言われる。昭和26年博徒新田新作の後ろ盾もあり、プロレスラーに転向。昭和27年アメリカに武者修業の旅に出、300回戦い敗北5回という戦果をあげた。昭和28年帰国し、日本プロレス協会を発足。黒タイツに空手チョップで戦後のプロレスブームの立て役者となる。昭和38年暴力団のなわばり争いに巻き込まれ死亡。
場所 東京都 大田区 本門寺




戻る