毛利空桑 もうり  くうそう
生没年 寛政9年(1797)〜明治17年(1884) 分類 儒学者・勤皇家

略歴
熊本藩医毛利太玄の二男として大分郡常行村に生まれる。日出の脇蘭室や帆足万里に学び、郷里の鶴崎に帰り、私塾知来館をひらいて子弟の教育にあたり、熊本藩鶴崎郡代から給米をうける。安政元年招かれて伊予三島村へ行き、私塾「日新館」の創設に関わる。維新後の明治2年の兵学教授所「有終館」総括、権大属を経て明治7年県参事、明治8年に六等判事兼任となった。
場所 大分県 大分市 毛利空桑旧宅


 




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