藤原秀郷
ふじわら ひでさと
生没年
生没年不詳
分類
平安中期の武将
略歴
北家藤原魚名の子孫で、下野(栃木県)の豪族。相模国田原を領有したことから俵藤太と呼ばれる。平将門の乱では将門から助力を求められたが、平貞盛に味方して、天慶3(940)年将門を討った。その功で従四位下を与えられ、下野・武蔵守などを歴任し、東国に勢力をひろげた。大蛇に化けた竜宮の女房に頼まれて近江国(滋賀県)の三上山のムカデを退治し、褒美に竜宮から三井寺の名鐘をもらったという。
場所
滋賀県 大津市 瀬田の唐橋
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