坂本理一郎 | |||||||||||||||||||
生没年 | 文久元年(1861)〜大正6年(1917) | 分類 | 政治家 | ||||||||||||||||
略歴 |
秋田県千畑町千屋小森に生まれた。号は東嶽。少年期に六郷の熊谷松陰に皇学を学び、十六歳で上京、同郷の根本通明に経書を学び、中村敬宇の同人社で英語、津田仙に農学を学んだ。二十歳のとき帰郷り、郡会議員、同議長を歴任し、県会議員に当選。さらに衆議院議員を三期つとめ、明治37年には貴族院議員となった。その他16年間にわたって郡農会長を努め、新しい農業の普及や青年農民養成を自費で行うなど、地元農業の発展に力を尽くした。これらの功績をたたえ、大正12年一丈木に銅像が建てられた。 |
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