斎藤弥太郎さいとう  やたろう
生没年 慶応4年(1868)〜昭和28年(1953) 分類 酒造業・地方自治功労

略歴
 羽前国亀田藩平岡村の肝煎役の長男として生まれたが、15歳で畑谷村の高野家へ養子となり、さらに石脇の酒造業斎藤重左衛門の養子となる。ここで酒造業のイロハを学ぶ。明治35年から全国的に知られる銘柄「由利正宗」の製造をはじめる。大正12年4月本荘町長に就任、その後も昭和6年県会議員、9年県酒造組合副会長等の要職を努め、昭和8年再び本荘町長に就任。由利橋の架設や上水道の整備などを行っている。ここで紹介している胸像は、昭和15年本荘公園が旧本荘藩主から人手に7000円で渡っていたのを、18000円で買い戻し、無償で市に寄付した功績をたたえて昭和38年に建てられた。
場所 秋田県 本荘市 本荘公園
 




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